一兆年の夜 第九十九話 蒼穹の紅蓮 現在を憂いても尚、(二)
場所は真古天神武首都ボルティーニ府第三東地区。其処に鎌鼬党ボルティーニ本部がある。
其の二階党首室。
齢二十三にして十一の月と十九日目に成る蒼穹は苦しい表情を示しながら金属製椅子に座り込む。
(たった二の年も掛けてやっても……此れだけか。票田は才能で培われる物じゃないな。票田は地道な活動の賜物だったなんて!)
蒼穹は此処に来て努力の有難みを理解する。才能では如何する事も出来ないのが信頼関係。仮に言葉巧みな生命が居たとしても積み重ねが有効である選挙では何の足しにも成らない。中身が伴わなければ政の舞台に立てない。其れが遠過ぎる過去の政。弁舌の巧い者達ばかりが伸し上がるであろう現代に比べたらむしろこちらと入れ替えを要求したい所だが、其れは余りにも浅はかな答えだろう。
さて、蒼穹は党首である齢三十に成ったばかりの神武人族の青年にして蒼穹と躯伝の従兄弟でもある
「それで年下の叔父さん」
「一々その呼び方は辞めろって言ってるだろうが、正近!」
「さんと付けろ、生意気な叔父さんめ!」
全く親父は如何して自分の兄貴が子供を産むまでに生まれてこなかったんだよおお--尚、子供を産むのは母親の務めだが……叫びたくなる程、年上と年下の関係は血縁上の結び付きよりも優先されるのである。
「其れで蒼穹、わしらは如何やって政権交代迄の票を集めるのだ? 後
「だよな。何せ、ブロ助の施政に何処も落ちるべき所はない」
「後はお前が度々、訪れるせいで余計に指示が伸び悩むそうだなあ」
「あのなあ、一応は妨げるなんて銀河連合みたいな……って、正近ああ!」
「ああ、わかっているさ」正近は机の上に右足を乗っけると背後より窓硝子を破って入って来た炎鳩型を持っている雄略包丁を……「わしの祖父は……なあ」抜くと振り返る事もなく縦一文字に両断して見せた。「奪還して新たな神武人族の国を建てようとした雄だったのだぞ!」
転がる真っ二つの炎上鳩型二等分に本来飲む為に用意していた急須で満遍なく注ぐ蒼穹。そして手を合わせて目を閉じて一の分もの間頭を下げて黙祷した。
(お茶はお前達の供養に使わせて貰う。其れにしても忘れた頃にこいつらが出て来る物だ。お陰で数値の上で如何しようもない感情が消え去りそうだな……やっぱ急ぐのは近道じゃないな。鎌鼬流はあくまで武の道……ならば武の如く遠回りしても構わないだろう)
黙祷する中で蒼穹に残っていた蟠りが消え、自らが仙者として覚醒する何かを少しだけ見出す。其れはまだ今ではない。此の先、彼は鎌鼬流を極めて行く内につかみ取るかも知れないほんの少しの一歩だった。
『--尚、結果はブロ助率いる剛力党が僅差で勝利を飾った。ま、歴史の示す通りだ。
だが、此処で注目するのは鎌鼬党が新参者でありながらも後十票で得票数第三位を
飾る所だった点だ。その原動力について少し誤った解釈をほぐす為に私から説明すると
あれは兄さんのお陰ではない。確かに幹事長は兄さんだ。しかし、党を率いるのは
正近さん。正近さんは地同家を興した地同
繰り返し訴えた。其れは本来訴えるべき剛力党にない様々な力強さがあった。其れに
惹かれてあれだけの得票数を獲得したのだと私は分析する。決して兄さんの巧みさが
生んだ物ではない。寧ろ兄さんは何でも熟せるけど、他者との付き合いは決して
褒められる物じゃない。付き合いが良いのは兄さんよりも正近さんの方だ。年上年下
じゃなくて彼の方が年数以前に落ち着きがあるからだよ。さっきの背を向けたまま両断
した話だってそうだ。其の落ち着きこそが党員だけじゃなく、有権者にも頼もしさを齎した。
だから、彼の突然の--』
場所は首都ボルティーニ府中央地区総合病院二階幹部二号病室。
主に最奥の最高級病室が王が入院する病室なら幹部は全部で十ある一室最大四人を入院させる事が出来る病室に入る事に成る。
そんな幹部二号病室の奥で齢三十一にして七日目に成る地同正近は去る年に比べて十の年も年を摂ったかのような顔付きで寝床に仰向けで更には白い布を被せられた状態で周囲を見渡していた。
「何で……今日なんだ!」齢二十四にして十一の月と二十六日目に成る蒼穹は紅蓮と共に見舞いに来ていた。「何でお前は今日に成って俺達を此処迄呼んだ!」
実は正近が倒れたのは一の月より前。近くで見ていた蒼穹及び党員達は弱り続ける正近を心配して次々と声を掛ける。だが、どの声も彼は耳に課さずに一の月より前まで無理を圧した。結果、ある対談中に湯呑を落とすと同時に自身も俯せに倒れる事態にまで発展した。
では原因は何か? 答えは彼の父正斗と同じように末期癌。彼は術式では余りにも難しい膵臓の癌を患ったまま今日まで生き続けていたのだった。
「はは、親父はまだ……年齢も年齢で、理が無かった、がな」
「もう喋るな、正近。良いか、お前は此の侭熱いお湯で体を洗ってから--」
「知ってる、だろ、年下、の、叔父さん。わし、の、癌、は、もう……熱湯も、通さない、な」
「正近さん……いけないです、正近さん!」
「そうだ、まだ想念の海に旅立たせないぞ!」
「党、を、党を、引っ張る、の、は」
「な、又無理しやがって。か、勝手に死ぬのは俺が許さねえ!」
「いけないよ、正近さん。まだまだ僕達は」紅蓮は正近の体を包む毛布に次々と涙の粒を流してゆく。「まだ僕達は貴方に……教わる事が、山程、あります、よ!」
「お前、だ……蒼穹、よ!」
正近……まだ俺は、其の器、じゃねえよ--魂が抜けてゆく正近を見て、蒼穹は涙を堪えて党首の座を断った!
「に、兄さん……何故?」
「党首は……方針通り、猪田イノ唐山
「何故ですか、兄さん?」
何故なら……やっぱまだ被選挙権を有する年齢じゃないからさ--目を閉じた状態の笑顔を作る瞬間、蒼穹の瞳の中から溢れんばかりの涙が放出されるのを紅蓮は見逃さなかった!
『--方針に変わりはない。兄さんは公を優先して敢えて後継者の座をイノ唐山に譲った。
しかし、私では兄さんは正近さんの遺志を受け継ぐ。其れがイノ唐山に次の選挙で政権
交代させた暁に軍務大臣の役職を約束させた。イノ唐山も当然其れを受け入れた。
其れから--』